ここでは各パラダイムについて説明します。

実証主義

実証主義の概要

実証主義は、現象を「科学的で客観的な方法を通じて誰が見ても同じように理解されるもの」であると捉える立場です。このアプローチでは、定量的なデータが重視され、具体的な数値や統計をもとに普遍的な法則や傾向を導き出すことが目指されます。今回の研究テーマで言えば、「日本語学校の職場環境は客観的に測定できる」と考えます。たとえば、日本語学校における日本語教師の勤務時間、給与、学習者の数、教室数などについて大規模なアンケートを実施します。その結果を統計を使って分析することで、日本語学校の職場環境に共通する特徴(例えば、教師の給与水準がどの程度か、日本語学校の設備がどれくらい整備されているかなど)を導き出すことができます。

実証主義に基づく研究テーマの例

  • デジタル教材と紙の教材が日本語語彙習得に与える影響の量的比較
  • 学習者の漢字テストの成績と語彙テストの相関関係の分析
  • 日本語能力試験(JLPT)の得点と受験者の学習開始年齢との関係
  • 日本語教師の労働時間に影響を与える因子の分析

実証主義をベースにした研究手法

実証主義をベースにした研究手法の例として、統計(Statistics)を紹介します。統計を使った研究は、数や割合のような「数字」を集めて、ある集団の特徴を調べる方法です。たとえば、日本語学習者全体の傾向を知りたいとき、その一部の学習者にテストやアンケートを行い、平均点や差を分析します。こうした調査対象の一部を通して、より大きな集団(母集団)の傾向を考えるのが統計の考え方です。数字にすると傾向を客観的に示しやすく、他の研究者も同じ方法で確かめやすいという利点があります。ただし、1人ひとりの気持ちや経験のように、数字だけでは捉えにくいものもあります。日本語教育では、語彙テストの結果分析や、授業前後の変化の比較などに用いられます。

統計についての理解に役に立つ参考書
  1. 島田めぐみ・野口裕之(2017)『日本語教育のためのはじめての統計分析』ひつじ書房
  2. 竹内理・水本篤(編著)(2023)『外国語教育研究ハンドブック【増補版】―研究手法のより良い理解のために』松柏社

ポスト実証主義

ポスト実証主義の概要

ポスト実証主義は、現象を「客観的な事実だけでは完全に理解できないもの」でありつつも、「一定程度一般化することは可能であるもの」と捉える立場です。物事について価値観、経験、文化的背景なども含めて考え、数字だけではわからない特徴や問題点を見つけ出そうとするアプローチです。そのため、定量的なデータだけでなく、定性的なデータや背景にある文脈、主観的な視点を採り入れます。日本語学校の職場環境を研究する際には、教師と学習者の関係性、学校文化、教育方針、職場の支援体制などについて、定性的なデータを得て分析を行うことが多いですが、そこから導かれる職場環境の特徴は、日本語学校全体に一定程度共通するものであると考えます。

ポスト実証主義に基づく研究テーマの例

  • 多文化共生をテーマとした授業が中級学習者の発話力に与える影響
  • 授業内での日本語使用割合が学習者の理解度に与える効果の調査
  • 日本語学習者の学習動機と宿題の取り組み姿勢の関係
  • 教師間の協力関係が職場の雰囲気に与える影響

ポスト実証主義をベースにした研究手法

ポスト実証主義をベースにした研究手法の例として、グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA; Grounded Theory Approach)を紹介します。グラウンデッド・セオリー・アプローチは、現場で集めたデータから概念を抽出し、それらを関連づけることで、調べたいことがどのようなプロセスで生じているのかを理論として示す方法です。最初に仮説を決めるのではなく、インタビュー内容や観察記録を読んでデータを細分化した上で、それぞれの関係性や特徴的な要素を見出し、整理していきます。例えば、日本語学習者が授業中につまずく場面を観察し、その記録を積み上げることで、「学習者が不安を感じるときの共通パターン」が見えてくる、などです。現場で集めたデータをもとに新しい理論を生み出せるのが特徴です。数字では表しづらい相互作用や変化のプロセスを深く理解するときに向いています。

グラウンデッド・セオリー・アプローチについての理解に役に立つ参考書
  1. 戈木クレイグヒル滋子(2016)『グラウンデッド・セオリー・アプローチ改訂版 理論を生み出すまで』新曜社

批判理論

批判理論の概要

批判理論は、明らかにする/した現象を「差別や不平等、権力の偏りによって生じているもの」として批判的に捉える立場です。社会的、経済的、政治的な構造の分析を通して支配や抑圧の現状を明らかにし、変革を促すことを目指すアプローチです。日本語教育で言えば、たとえば「学習者がどのような社会的立場に置かれているのか」「教育が学習者にどのような影響を与えているのか」といったことを問います。今回の研究テーマでは、日本語学校の職場環境における問題がどのような歴史的背景や上下関係、性差、文化的要素につながっているのかを明らかにし、その現状を変えていくことが関心の対象になります。

批判理論に基づく研究テーマの例

  • 在留資格「特定技能」における日本語試験の妥当性
  • 外国人児童が日本の学校で直面する言語的・文化的な壁とその支援体制の課題
  • 日本語教育における「標準語」中心主義と多様な日本語の排除
  • 日本語教師の性差が日本語教育の職場環境に与える影響

批判理論をベースにした研究手法

批判理論をベースにした研究手法の例として、批判的談話分析(Critical Discourse Analysis)を紹介します。批判的談話分析は、言葉の使われ方に、社会の力関係や価値観がどのように表れているかを読み解く方法です。ニュース記事、学校の規則、教科書の文章、教師の言い回しなどに、気づかないうちに特定の力関係や価値観が含まれていることがあります。例えば、日本語学校のパンフレットに「まじめな学生を歓迎します」と書かれていたとき、その「まじめ」という言葉にはどんな価値観があるのか、誰がそれを決めるのか、などを考えます。この手法は、言葉の使われ方が人々の行動や評価の基準を形づくり、社会のあり方を規定していることに目を向け、その構造を問い直すことを目的とします。

批判的談話分析についての理解に役に立つ参考書
  1. 名嶋義直(2018)『批判的談話研究をはじめる』ひつじ書房

構成主義

構成主義の概要

構成主義は、ある現象を「他者との相互作用を通じて形成されるもの」だと考える立場です。この立場に基づけば、明らかにしようとする現象は固定されたものではなく、他者との相互作用を通した意味づけや経験の更新によって構成されるものだと捉えます。そのため、「事実を測る」ことよりも、「その人の意味づけや経験を深く理解する」ことを重視します。日本語学校の職場環境を研究する場合には、教職員にはそれぞれ異なる価値観や経験があるという前提で、それぞれがどのように職場環境を意味づけているのか、そこでどのような経験をしているのかを深く理解することを目指します。

構成主義に基づく研究テーマの例

  • 留学生の敬語学習を通した文化理解のプロセス
  • 学習者同士のコミュニケーションに見るアイデンティティ構築と日本語表現の変化
  • 海外の日本語学習者が日本語を「自分のことば」と感じる経験の分析
  • 日本語教師の「間違いの訂正」に対する学習者の受け止め方の多様性

構成主義をベースにした研究手法

構成主義をベースにした研究手法の例として、ライフストーリー(Life Story)を紹介します。ライフストーリー研究は、ある人が生まれてからの経験を、本人の語りとして丁寧に聞き、その人の生き方や考え方がどのように形づくられてきたのかを理解する方法です。例えば、日本語教師が「どうして教師を目指したのか」「仕事でどんな経験をしてきたのか」を語ってもらうと、その人特有の価値観や判断の理由が見えてきます。数字では説明できない「その人ならではのストーリー」に注目できるのが特徴です。学習者の留学生活の経験や、教師の変容の軌跡などのストーリーを記述するために、日本語教育でも広く使われています。

ライフストーリーについての理解に役に立つ参考書
  1. 三代純平編(2015)『日本語教育学としてのライフストーリー―語りを聞き、書くということ』くろしお出版
  2. 桜井厚・小林多寿子編(2005)『ライフストーリー・インタビュー:質的研究入門』せりか書房

参加型

参加型の概要

参加型パラダイムは、研究者と参加者が共に問題を探求し、解決策を見出すアプローチで、現象を「(研究者も含めて)これから共に創っていくもの」と捉える立場です。このアプローチでは、研究者が参加者に対して一方的に研究するのではなく、関係者全員が対等な立場で研究に関わり合い、問題を解決することを目指します。日本語学校の職場環境を対象とする場合には、その学校の教職員と研究者(研究者も教職員である場合もあります)がある課題に取り組み、互いに自らの考えや経験を共有することを通して、職場環境や教職員の働き方が変化していくプロセスを記述していくことになります。

参加型に基づく研究テーマの例

  • 地域の外国人住民と共に作る「生活日本語ハンドブック」の開発
  • 教師と学習者がともに進める授業の振り返りはどのように展開するか
  • 外国人親子と共に考える学校での「伝わることば」の実践研究
  • 教職員と学校運営の対話が職場環境の改善にどのように寄与するか

参加型をベースにした研究手法

参加型をベースにした研究手法の例として、アクション・リサーチ(Action Research)を紹介します。アクション・リサーチでは、現場の問題解決を目指して、現場の人と一緒に実践すること自体を研究であると考えます。研究者だけでなく、教師、学習者、地域の住民や支援者も参加し、「いまこの場で何が問題とされ、それぞれが問題をどう解決すべきだと思っているのか」などを話し合います。その上で、これまでのやり方や役割分担そのものを問い直し、新しい関係や仕組みを実際に作り出していきます。例えば、地域の日本語教室で学習者が受け身になっている状況に対して、学習者も日本語教室の企画や運営に関わり、ともに実践と検討を重ねます。こうした取り組みを通して、学習の方法だけでなく、人と人との関係や地域のあり方を変えていくことを目指します。

アクション・リサーチについての理解に役に立つ参考書
  1. 横溝紳一郎(2000)『日本語教師のためのアクション・リサーチ』凡人社